2017年3月11日(木) № 106 『 満さんの てづくり紙芝居・〈フランダースの犬〉が教えてくれたこと 』

3月5日(日)の午後、まきばカフェにて上演中の、満さんのてづくり紙芝居・フランダースの犬です。18歳が最年少の上演でした。最高齢は94歳!
3月5日(日)の午後、まきばカフェにて上演中の、満さんのてづくり紙芝居・フランダースの犬です。18歳が最年少の上演でした。最高齢は94歳!

こんにちは!

 

みんなで豊かな日曜日をつくろうね! そんな空気がじわりじわりと深まっている旭東教会の恵みを今週も「Blog・教会日記」でお届けします。

 

ご報告は、わたくし牧師のもりでございます。

 

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既に、ホームページトップの名物ページ・「今週の3枚!」でご覧になっている方も多いと思いますが、3月5日(日)は「まきば礼拝」という、子どもから大人までが無理なく集う礼拝でした。

 

そして、午後からは、「まきばカフェ」を楽しもうという楽しみな一日。あ、ホットケーキをメイプルシロップで頂いたりもしましたよ。

 

とりわけ、今回の目玉となったのは、観劇したと申し上げても少しもオーバーではない、「てづくり紙芝居・フランダースの犬」の上演でした。

 

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事の発端は旭東教会から車だと最速ルートで57分程のところにある十文字平和教会での出来事。

 

十文字平和教会では、2016年春から、常駐の牧師が居られない状況となり、月に2度の礼拝応援に森牧師が出掛けています。

 

紙芝居の話は、正に、〈ひょんなこと〉がきっかけでした。これは神さまのお導きとも言います。はい。

 

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会員で画家として70代になっても元気にご活躍の〈満さん〉。

 

40年程前の、十文字平和教会の教会学校最盛期の頃に、10本近くのてづくり紙芝居を創作されていたことを知る機会があったのです。

 

その紙芝居たちが、そうとう長い間、眠ったままになっていて、「本当に勿体ないなぁ、あれはすごくイイモノなのに・・・・・」とお話しする声が、森がお邪魔していた日曜日の礼拝後のお茶の時間に聞こえて来ました。

 

満さん以外の紙芝居を1度でも観たことのある皆さんが口々に言われるのです。

 

「うん、そうじゃ、あれはええ」と。

 

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わたくし、しばらくの間、じーっと黙って聴いていたとき、パッとひらめきましたというか、神さまが働きかけてきました。

 

そうだ、来たる3月5日(日)の旭東教会のまきば礼拝の日、午後からのまきばカフェの時間に上演して頂こう。

 

その時点でどのような作品があるのかなど、何にも聞いていませんでした。

 

でも、元々、十文字平和教会の教会学校の子どもたち向けにつくられたもの。まきばカフェに相応しいものであることは確信していました。

 

その後、十文字平和教会の皆さんの前での久しぶりのお稽古を兼ねた上演などを経て、この度の旭東教会まきばカフェでの上演の日を迎えた次第です。

 

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結論?から申し上げるならば、満さんの紙芝居。本当に世界で唯一の宝物でした。素晴らしい!

 

そこに居合わせたのは30人に少し足りない程の方々でした。

 

皆さん、集中して観て、聴いて、心揺さぶられました。

 

満さんの紙芝居。その場でストーリーを読み語るのではなく、場面毎に変わっていくまるで映画のバックグラウンドミュージックのような調べのもと、先に録音された満さんのナレーションが静かに深く進む形です。それがまたいいんです。

 

多くの方が肩をふるわせ、涙腺ゆるみっぱなし。

 

おそらく、日曜日の夕べ、あるいは、それからの数日の間に、森牧師の説教を思い出す方は居なくても、フランダースの犬の紙芝居の場面は折に触れて思い起こされたのでは、と思う次第です。

 

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上演のためにお出で下さった満さんと付き添い役で来られた勝さん、本当にありがとうございました!

 

快く送り出してくださった十文字平和教会の皆さまにも重ねて感謝です。

 

この紙芝居を通して発進するであろう福音を眠らせてはならない。何とか、満さんのご負担にならないかたちを考えて、ひろく上演の機会を探したいなぁと思います。

 

紙芝居も喜ぶ、満さんも嬉しくなる(今回お見送りするとき、遥々やって来てよかった、と語っている満さんの背中が見えました)、十文字平和教会の方々の喜びも広がり深まるのでは、と想像します。

 

まだ、満さんのお宅には、眠りについているてづくり紙芝居が10本近くあるようですから、祈りをもって、紙芝居が立ち上がる日を待ちたいな、と思う次第です。

 

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3月5日は、教会の暦は折しも2017年の「受難節・レント」に入って最初の日曜日でした。

 

牧師館にて妻から言われてハッとしたいつもながら鈍いわたしなのですが、妻はこういう意味のことを力説しておりました。

 

「フランダースの犬は、回心の物語やけん」と。

 

あの意地悪なゴセツおじいさんに注目せよ、との促しを受けたわけです。

 

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冷静に振り返ってみればまったくそのとおりで、賢いわんちゃんの物語でも、こころ優しい少年になりなさい、という物語でもない。

 

パトラッシェとネルロ少年の死と昇天は、一粒の麦としてのイエス・キリストの存在そのものでありました。

 

そして、遺されたおじいさんや周囲の人々は、彼らの死と共に、悔い改めへと導かれ、復活のいのちに与っていくことになった、という物語だったのですねぇ。

 

本当に受難節・レントに相応しい紙芝居上演となりました。

 

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わたくしはと言いますと、その後、岡山市の図書館から『フランダースの犬』(作 マリー=ルイーズ・ド・ラ・ラメー、1839-1908)を借りて来ました。作者はイギリスの方なのですね。

 

幾つもの翻訳、そして、体裁の本がありますが、岩波少年文庫版が手元にありますので、ゆっくり味わいたいと思います。

 

パラッと読んで見ましたが、よい意味で、満さんが紙芝居で読まれたストーリーとは違います。あれこれ配慮されたのだと知りました。

 

すごい!と気付いたのは、まさにあの紙芝居は、満さんの若き日の信仰告白そのものだったのでは、ということです。マタイによる福音書5章の山上の垂訓のみ言葉が読まれたりしていました・・・。

 

本当に満さんが書かれた台本によるフランダースの犬は美しく深いものでした。

 

見逃した方にも、何とか、次の機会を提供したいと祈り始めているところです。み心はかならずなる、そう信じております。end

 

※たくさんの写真は、今週の3枚!に暫く置いておきますので、そちらでお楽しみ下さい。